『こころ』と『足袋』

 先生はこれらの墓標が現わす人種々(ひとさまざま)の様式に対して、私ほどに滑稽(こっけい)もアイロニーも認めてないらしかった。私が丸い墓石(はかいし)だの細長い御影(みかげ)の碑(ひ)だのを指して、しきりにかれこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面目(まじめ)に考えた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。
 墓地の区切り目に、大きな銀杏(いちょう)が一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高い梢(こずえ)を見上げて、「もう少しすると、綺麗(きれい)ですよ。この木がすっかり黄葉(こうよう)して、ここいらの地面は金色(きんいろ)の落葉で埋(うず)まるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ずこの木の下を通るのであった。
 向うの方で凸凹(でこぼこ)の地面をならして新墓地を作っている男が、鍬(くわ)の手を休めて私たちを見ていた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。

 ここへ来て比佐は初めて月給らしい月給にもありついた。東京から持って来た柳行李(やなぎごうり)には碌(ろく)な着物一枚入っていない。その中には洗い晒(さら)した飛白(かすり)の単衣(ひとえ)だの、中古で買求めて来た袴(はかま)などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返したりしてくれたものだ。比佐の教えに行く学校には沢山亜米利加(アメリカ)人の教師も居て、皆な揃(そろ)った服装(なり)をして出掛けて来る。なにがし大学を卒業して来たばかりのような若い亜米利加人の服装などは殊(こと)に目につく。そういう中で、比佐は人並に揃った羽織袴も持っていなかった。月給の中から黒い背広を新規に誂(あつら)えて、降っても照ってもそれを着て学校へ通うことにした。しかし、その新調の背広を着て見ることすら、彼には初めてだ。
「どうかして、一度、白足袋(たび)を穿(は)いて見たい」
 そんなことすら長い年月の間、非常な贅沢(ぜいたく)な願いのように考えられていた。でも、白足袋ぐらいのことは叶(かな)えられる時が来た。
 比佐は名影町の宿屋を出て、雲斎底(うんさいぞこ)を一足買い求めてきた。足袋屋の小僧が木の型に入れて指先の形を好くしてくれたり、滑(なめら)かな石の上に折重ねて小さな槌(つち)でコンコン叩(たた)いてくれたりした、その白い新鮮な感じのする足袋の綴(と)じ紙を引き切って、甲高な、不恰好(ぶかっこう)な足に宛行(あてが)って見た。
「どうして、田舎娘だなんて、真実(ほんと)に馬鹿に成らない……人の足の太いところなんか、何時の間に見つけたんだろう……」

  

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